仏像彫刻の弟子日記その61

大日如来様のお姿で懐中仏を制作しました。
師匠からそろそろ売り物を作ってみては?
とのお話しをいただいていて、干支、未年の守護仏であります大日如来様を彫ってみました。
大きな作品と違い、このように小さな仏様は少しでも彫刻刀に力を入れると木が欠けてしまうという、何とも繊細な作業でした。
特に顔が大変でしたが何とか形にする事が出来た次第です。
先ずは干支の最初の子年からと考えて、守護仏を調べたら千手観音菩薩様でした。
このような小さな面積での千手観音菩薩様をどのように彫れば良いか、の案が中々浮かばないので、今年の干支、巳年の守護仏に変更しよう!と思い直して調べたら、巳年の守護仏は普賢菩薩様でした。
普賢菩薩様は白象に乗っていらっしゃいますが、白象に普賢菩薩様の上半身だけだと形にならず、またまた、このように小さな面積の中でどのように普賢菩薩様を彫り出したら良いものか…
ずーっと考えています。
出来上がったら画像をアップさせていただきます
仏像彫刻の弟子日記その59

鎌倉時代に活躍された仏師、快慶さん。
(巧匠アン阿弥陀仏)と称された無位時代、そして(法橋、法願)の僧侶の官位を得た後の2つの時代にそれぞれ活動されていました。
私は京都、悲田院(泉湧寺)に安置されている、宝冠阿弥陀如来坐像に魅せられています…、いえ、多分、快慶さんに魅せられていると思います。
宝冠阿弥陀如来坐像は、快慶さん無位時代の阿弥陀様ですが、慈悲の心に満ち溢れた眼差しと凛とした眼差しから作り出された表情は、もしかしたら快慶さんご本人なのではないか、と想像しています。
近づける訳がない私ですが、ほんの少しでも近づきたくて、宝冠阿弥陀如来様のお顔を彫ってみたいと思いました。
やっとの思いで粘土の塑像が出来たので、これから木彫りにとりかかります。
仏像彫刻の弟子日記その58

15歳くらいの美少女を…ということで制作しました。
15歳の女子が出来ました。と話して師匠に見て頂いたところ
(15歳ではなく16歳だよ)
と言われ、何が違うのかお尋ねしたところ、大人と子供の境目が16歳で、そしてこの像は幼い子供にしか見えないよ。
との事でした。
こちらの女子を制作する際、ネットで世界の美少女を検索して見本としましたが、確か年齢は10歳〜12歳でした。
そして私の検索の仕方は(美少女)でしたが、15歳は少女ではありませんね。
15歳くらいの女子に自分なりにアレンジして彫りましたが、16歳くらいの大人と子供の堺くらいの女子の顔を表現するのはとても難しいという事が分かりました。
※児童福祉法では18歳までは少女だそうです。
失礼しました🙇♀️
仏像彫刻の弟子日記その57

子供の顔を彫るのは意外と大変で、ほんの少し皮膚を増減させただけでお爺さん顔になってしまいます。
今回は練習で乳児の顔を彫ってみました。
次回は15歳の美少女を彫ってみなさいと師匠から言われて彫りましたが、そのくらいの年齢の子はとても難しかったです。
次回のブログでアップさせていただきます。
仏像彫刻の弟子日記その56

阿弥陀如来様の頭は、おおよその方は螺髪を想像されるのではないかと思いますが、今回は宝髻阿弥陀如来坐像を制作してみました。
師匠の工房には旭工機さんの電動糸鋸があり、とても使い易いのですが、少々高価です。
光背は自宅で制作するので比較的安価な中抜き加工が出来る電動糸鋸を探しましたが中々無く、でプロクソンの糸鋸に辿り着きました。
アーム部分が上に折れ曲がり、フトコロも広いのですが、取り付けの刃をプロクソンの機械に取り付けるのは相当なコツが必要でした。
刃が上手く入っていないと操作中爆音がしますので、分かりやすいですが…。
そして蓮台の木…
材は檜ですが、これでもか!というくらいに硬くて鉋がけはなんとかなりましたが、ノミ打ちはノミの刃が欠けてしまいそうなくらいに硬く、五軒隣りの家まで聞こえてしまうくらいの爆音を立てて打ち、思わず(こんな硬い木は無理)と独り言を漏らしたら、風雪に耐えて来た木の文句を言ったらダメ、とたしなめられてしまいました。
そんなこんなで、やっと出来た蓮台ですが、風雪に耐えて苦労をした日々を乗り越えて、今は阿弥陀如来坐像を乗せていることが誇らしく嬉しそうな気がしています。


